Archive for the ‘選挙のこと・野党共闘のこと’ Category

富士見町長選 告示まで一月

月曜日, 7月 3rd, 2017


*7月1日信濃毎日新聞

先日、信濃毎日新聞に「町長選告示まで一月」との記事が掲載されました。
記事によりますと、告示まで一月ですが、現在のところ立候補に意思表明を3月まで副町長を勤めた名取重治氏だけとのことです。
最近よく聞かれるのが
「前よりは良くなるんでしょ?」という質問(笑)。
いつも、そんな質問に「まったくわからない」と答えています。

現小林町長の考えは明確です。
経済を活性化することで町を潤すこと。町が潤えば、高齢者福祉も子育て支援も充実した政策を行えるというものです。
それに対しぼくの考えは、経済の合理性では解決できないところを行政が行うべきだという考え。トリクルダウンなんてものはあてにならないもので、行政のやるべきことは「住民の福祉の増進に努める・・・(地方自治法第2条)」ことだと思います。
根本的な考えの違いから、大きな事業は対立することが多くありました。
パノラマスキー場の強化事業富士見メガソーラー建設事業テレワーク事業などです。

対立はしてきましたが、何をしたのかわかりやすいという良さはあったように思います。「福祉のことはよくわからない」など、平気で議場で発言してしまうぐらい正直!?で裏表はありませんでした。多様な意見のなかから結論を導き出すのが民主主義ですから、考えの賛否はともかく。明解さというものは大切なことだと思います。

では、名取前副町長はどうでしょう。
その前の副町長は、小林町長の暴走を止めようとがんばっていたことが議場でも見受けられました。町長の補足をはじめ、議場での答弁の多くは副町長の仕事でした。名取副町長になってからは、総務課長がほとんどを答弁、名取副町長の存在感はあまりありませんでした。町長の考えを後押ししようとしているのかどうかもよくわかりません。

そんな様子でしたので、アプリ開発事業が否決されたことをうけ責任をとると、突然の辞任したことは不可解だったわけです。
民主党の矢崎公二氏の秘書、前矢島町長の副町長、その対立候補だった現職の小林町長の副知事という経歴も、その政治思想を不明確にしています。町長になって何をやりたいのかは、まったく想像できません。

一番の課題は、現町長の政策を引き継ぐかどうかということだと思います。
現小林町長は、第5次総合計画の一番の目標に「人口の維持」を第一に掲げ、そこにエネルギーと資金を投入してきました。それが過剰になったことの批判がアプリ開発事業の否決になったのだと思います。本来、町民のために使われるはずの予算を、移住促進のために使いすぎることはおかしなことです。
ところで、名取氏はアプリ事業が認められかった責任を感じて辞任したわけですが、だとしたら町長になって、もう一度推進するということでしょうか。なぞは深まるばかりです。

パノラマスキー場の上下分離方式を考え出したのは、矢島町政のときの副町長(当時は助役)だった名取氏です。経営難に陥ったパノラマスキー場の上物(建物とかいろいろ)を町が起債をして買取り、パノラマスキー場からは家賃を払うという形でその借金を返していくというものです。
当時の説明は、パノラマの赤字は減価償却分、減価償却は現在かかっている経費ではなく会計上の問題、借金返済部分を支援すれば回復するということでした。結果はその後、パノラマの売り上げが経営が回復することはなく家賃収入はないまま、町が起債を償還してきました。去年、基金を取り崩して全て償還しましたので、町が借金をすべて肩代わりしたことになります。その額は約50億円です。ここ何年か、パノラマから町へお金が入ってくるようになったようですが、50億が返還されることはまず無理でしょう。

このことを名取氏はどのように考えているのでしょうか。
パノラマスキー場は、設備の老朽化など今後も課題はあります。名取氏は町長選に出るのならパノラマスキー場の運営についての考えを示すべきでしょう。

格差が拡大するなかで、その歪は弱者のところに集中しています。
高齢者福祉、こども・子育て支援など、町の課題はとても多くあります。

新聞記事によると、意欲をみせていた三井幹人氏は出馬を断念したとのこと。
このままでは無投票になってしまします。
選挙にならなければ、候補者の考えもわからないまま決まってしまします。
「候補者が選挙で審判を受けるのが一番いい」
記事にある70歳男性の意見に同意します。

「共謀罪」法案成立

木曜日, 6月 15th, 2017

「共謀罪」法案が成立しました。
参院法務委員会での採決を省略し、本会議で可決するという手法は、国民の心配を助長するだけで、多くの人が感じている「共謀罪」法案についての不安は払拭されることはありませんでした。このことは、国民軽視であり、国会軽視であり、参議院の存在意義すら否定するようなやり方です。
代議制民主主義とは、「有権者の意思を反映した政策決定の方法」であるはずですが、安倍政権のこれまでのやり方は、閣議決定、強行採決など、民意を汲み取る努力を怠っています。代議制民主主義の欠点が露骨に出ているのが、今の状況だと思います。

共謀とは何か、簡単に表すと
  ①頭で考える
  ②考えたことを誰かに相談する  陰謀罪・共謀罪
  ③準備をする          予備罪・準備罪
  ④実行行為の着手        未遂罪
  ⑤犯罪成立           既遂罪

日本の刑法は既遂罪を重く処罰することが原則ですが、重要な犯罪については予備、未遂など個別に対応していて、爆発物関係の犯罪は共謀の段階からの処罰が可能。現在、13の犯罪について共謀罪が適用されることになっています。テロ犯罪といわれているような重大犯罪はすでに未遂前の段階から処罰可能な法制度となっているといえます。

犯罪を行うことを話し合った後で、「やっぱりやめた。自分はやりたくない」と言っても共謀罪は成立してしまいます。共謀の未遂や中止はありません。助かる道は「密告」しかないわけです。今回の共謀罪は277の犯罪を対象としていますので、一般に人もまったく関係のないこととは言えません。暗い密告社会になることを危惧せずにはいられません。

政府は、テロ対策のため国連国際組織犯罪防止条約の批准するためとの説明をしていますが、この条約はマフィアを想定したものでテロ対策ではありませんし、国連特別報告者ケナタッチ氏の「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」という発言からもわかるように、条約は共謀罪立法を義務付けてはいません。

政府はもう一つ、東京オリンピックの開催のためと説明していますが、これまで東京オリンピック招致にあたって共謀罪について検討されたこともありませんし、共謀罪立法の文脈のなかでもオリンピックの名前はでてきません。オリンピックの開催のためというのは、後付けとしか思えません。

テロ対策でもなく、オリンピックのためでもないとしたら、いったい何のために急いで立法する必要があったのでしょうか。疑問を感じないわけにはいきません。

共謀罪では、テロとはおよそ関係のない277種類もの犯罪が対象となるわけで、新たな法律ができるというよりは、「刑法の新体系」が出来上がるといえます。
実は日本国政府時は、この国連国際組織犯罪防止条約の審議の過程で「共謀罪は我が国の刑事法体系になじまない」と修正案を提出しているのです。日本国政府も、共謀罪を新たな国内法化にすることは、日本の法制度の基本原則に反すると考えていたことになります。日本の法律は内心の自由を犯さないことが原則です。

安倍内閣は、この国をどのような国にしたいと考えているのでしょうか。
想像できることは、国の管理が行き届いた戦前のナショナリズムの国家です。
戦前のナショナリズムは、国内に限らず世界を巻き込んだ悲劇をつくりだしました。
ぼくたちは、そのことを回避するための努力は怠ってはいけないと思います。

世界一高い供託金

水曜日, 5月 31st, 2017

緑の党・グリーンズジャパンの地域代表協議会にに出席、選挙供託金違憲訴訟・弁護団代表の宇都宮健児さんを招いた勉強会が開催されました。

供託金というのは、選挙のとき立候補するにあたって必要なお金で、一定の票が取れないと没収されてしまいます。ちなみに町村議員は供託金はかかりません。

 市議選  30万円
 町長選  50万円
 県議選  60万円
 市長選  100万円
 衆議院選 300万円
 参議院選 600万円

日本国憲法の前文は「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、・・・」から始まる。このことで日本は議会制民主主義をとっていることが明らかとなっているわけです。そして議院及び選挙人の資格を規定した憲法44条では

第四十四条
両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。

とあります。
財産又は収入によつて差別してはならない。とあるのにも関わらず選挙に供託金がかかることは違憲ではないかというのが、選挙供託金違憲訴訟です。

*緑の党・グリーンズジャパンHPより

しかも、この供託金、日本の金額の高さは群を抜いています。
貧困層は国民の16.1%。6人に一人が貧困と言われ、高額な供託金は貧困層は、選挙に出るなと言わんばかりです。ちなみに貧困層は年収120万円以下で、国民全体の中央値は可処分所得240万円。普通の人は国政選挙のための300万〜600万円は用意できません。
貧困の大きな原因である非正規労働者は、労働者の4割の2000万人
そのほか、貯蓄がない世帯が3世帯に一世帯。
生活保護を受けている人が216万人
こういった人たちが、自分たちの代表を選べないことは、やはり憲法の精神に反していると言えます。

国は、泡沫候補や売名行為を抑えるためとの説明ですが、それは選挙によって選択されるわけで、立候補の段階で制限してしまうようなことはするべきではないでしょう。
多様な意見を吸い上げるのが、議会制民主主義であるならば、高い供託金は改める必要があります。

いまの日本の国政選挙は、既存の政党にかなり有利にできています。
参議院選挙の比例は、政党要件がない政治団体は10人出さなければなりません。600万円×10人で6000万円かかるわけです。これでは新しい政党を誕生させるのは、かなり難しいことになります。今の日本では新しい政党ができても、既存の政治家が右から左へと移動しているだけで、新しい風にはなっていません。
二世議員がはびこるわけは、選挙制度のあると思います。

今のアベ一極集中は、小選挙区に移行した時から始まりました。
一部の特権階級から、政治を市民の手に移さなければなりません。
民主主義を守るなら、まずは選挙制度を改革しなければならないでしょう。

「共謀罪」衆院法務委員会通過について

日曜日, 5月 21st, 2017

「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法の改正が衆院法務委員会通過したことについて、強い憤りを感じています。監視社会の到来は国民が萎縮し、息苦しい世の中になることを想像されます。

これまで全体主義の中、監視社会の息苦しさを描いた多くのフィクションがありました。カンボジアの内戦を描いた映画キリング・フィールド、チリのクーデターを描いた映画ミッシング、中国の文化大革命を描いた山崎豊子氏の大地の子はドラマになり、多くの人が目にしたと思います。どの作品も監視社会の息苦しさの中、人々の苦悩を描いています。
日本の戦前も軍国主義の中、息苦しい社会でした。このような社会を二度と作らないことが、世界的な共通認識ではないかと思います。

国連特別報告者のケナタッチ氏が、「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」として日本政府に書簡を送ったことが報道されました。国連の国際組織犯罪防止条約に批准するための法案が、同じ国連から懸念されているというもおかしな話です。

共謀罪は、これまで3回も廃案になった法案です。集団的自衛権の行使も戦後70年間一貫して認めてなかったことです。このようなことが次々と強行採決されている今の国会は、果たして民主主義が正しく機能しているか疑わざるを得ません。

・教育基本法の改悪
・集団的自衛権の行使容認
・秘密保護法
・教育勅語について、国会での容認する発言
・共謀罪
・自民党の憲法改正案

このところの一連の流れです。
普段生活していると感じないかもしれませんが、この国は大きく右に旋回しています。
「きなくさいなと思ったら、その後は早かったよ」
なにかの本で、このような戦争を経験した人の談話を読んだことがあります。
ぼくたちは現状を冷静に見つめ、しっかりと考えていく必要があると思います。

吉田満さんの「戦艦大和の最後」という名著がありますが、その中で臼淵大尉がこのような発言をしています。

 ”進歩のないものは決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。
 日本は進歩ということを軽んじ過ぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れ
 ていた。敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか。今日目覚めずしていつ救
 われるか。俺たちはその先導になるのだ。日本の新生にさきがけて散る。まさに本望じゃな
 いか。”

戦艦大和の最後の出撃前夜の発言です。
ぼくたちが暮らす今の平和な日本は、こうした多くの人たちの犠牲によって成り立っていることを忘れてはいけません。二度と、あの悲劇を繰り返さないことが、戦後を生きる僕たちの使命ではないかと思います。

最近、単なる機能のみの、浅薄な議論が多いように思います。
いまの時代は歴史の積み重ねでできている。
そのことを踏まえ、今の時代をつくっていく必要があるのではないでしょうか。

服従

土曜日, 5月 6th, 2017

中道無所属のマクロン氏と極右政党・国民戦線ル・ペン氏との決選投票が注目を集めているフランス大統領選挙ですが、ミシェル・ウエルベックの小説「服従」では、極右・国民戦線のル・ペン氏と、穏健イスラーム政党の党首が決戦に挑みます。

フランスでは、これまで中道右派(現共和党)と中道左派(現社会党)の二大政党が政権を分かち合ってきましたが、2022年の大統領選で第一回の投票が極右・国民戦線が34%で断トツのトップになり、イスラーム同胞党が2位、僅差で社会党が3位となってしまいます。
有権者は、ファシストかイスラムかの究極の選択を迫られるわけですが、ファシストよりはマシだろうという事で、決選投票でイスラーム同胞党が1位となりイスラム政権が誕生します。

この小説は、2015年のシャルリー・エブド襲撃事件の当日に発売され、フランスで大ベストセラーになりました。IS問題やポピュリズム旋風が吹き荒れるヨーロッパで、かなりの人が関心をもって読まれたようです。

伝統的な既存政党は右派も左派も、経済的・社会的な問題に十分に対応してきませんでした。既存のエスタブリッシュメント(エリート)への不満がポピュリズム政党に流れています。ポピュリズムとは、理性的に判断する知的な市民よりも、情緒や感情によって態度を決める大衆を重視し、大衆の権利を主張するものです。
現実の大統領選でも決選投票に進んだ候補者2人のいずれもが、フランスの伝統ある既成政党の出身ではなかったのは、現代フランス史上初めてのこと。この小説を、単なるフィクションとは片付けられないように思います。

ポピュリズム政党の極端なメッセージは、現状に不満を持っている人たちに心地よく響きます。かならずしも中道右派を支持していた人が極右ということではなく、左派から極右に走る事も多いようですが、根底にあるのは既存の社会システムを壊してくれるという統一した期待にあるのではないかと思います。日本ポピュリズムといえば小泉純一郎氏や橋下徹氏ですが、その主張よりも世の中をぶっ壊してくれるとうい事への期待がほとんどだったのではないでしょうか。アメリカのトランプも然りです。

多くの人が支持する政党が政権を担う政治システムが民主主義であるならば、ポピュリズムが台頭する事は正しい事なのでしょうか。

先日、ヒトラーの死から70年が立ち「わが闘争」の著作権切れにより誰でも出版できるようになることを危惧するドイツのドキュメンタリーが放映されました。わが闘争で書かれている外国人を攻撃する徹底した国粋主義が、移民問題で悩むヨーロッパで再評価されているとのこと。複雑な問題をより単純化することで、極右ポピュリズム勢力の共感も得ているようです。ネット上の中国、韓国、北朝鮮への汚い言葉の投稿をみると、日本も人ごとではないように思います。

ポピュリズム政党は世界を敵と味方で線引きをし二項対立をつくることで分かりやすさを作り上げてきました。SNSはそのことを助長しているように思えます。元ネタをうまく加工して相手を揶揄するような投稿が多く、そこにはオリジナリティは感じられません。ですからSNSに流れている右の論調も左の論調もあまり好きにはなれません。分かりやすさにごまかされず、もっと深いところで議論する必要があるのではないでしょうか。

フランスの思想家トクヴィルは、「アメリカのデモクラシー」の中で、当時、評価が高かったアメリカの民主主義について「世論による専制政治」や「多数派による暴政」へと変貌を遂げる可能性について書かれています。そうした変貌への歯止めとして”宗教”がバランサーになることが言及されています。トクヴィルは19世紀前半の思想家なのですが、現在、宗教がバランサーとなり得るかどうか、疑問を感じないわけにはいきません。

ネットには情報が溢れ、宗教がバランサーとなりえない現在では、より一層ひとりひとりの「考える力」が重要となってきたと思います。分かりやすさに流されずに自分自身の考えを持つっことが必要となります。

小説「服従」のタイトルですが、主人公は大学教授で最初はイスラム政権に抵抗していますが、やがて現体制のあるがままを受け入れる姿(服従)を描いています。インテリは弱い存在で、知識や教養がいかに脆いかということが描かれています。

今の世の中、自分自身を維持していくことはとても難しいのかもしれません。
しかし、どんな時でも時流に流されず、自分の考えを持つ努力をしていくこと。いま、ぼくらに課せられた役割のように思います。