Archive for the ‘環境のこと’ Category

森に問いかけること

金曜日, 1月 6th, 2017

去年はメガソーラーの問題に追われた一年。森林を伐採してメガソーラーをつくることについての影響を、地質学や水理地質学の先生に話を聞きながら喧々諤々とやってきました。

理系か文系かに決めつける風習はあまり好きではありませんが、どうやらぼくは典型的な文系体質のようで、こんな時なかなか話が頭の中に入っていきません。
だからなのでしょうか、集落の上にある傾斜地で水源から数百メートルしか離れていないのだから土砂災害と水源への影響は当たり前で、わざわざ学問的に検証する必要があるのかと思ってしまします。


*赤い部分が計画地

同じ境メガソーラーを考える有志の会のメンバーの指摘ですが、湧水の周り以外は八ヶ岳の頂上に向かって開発されています。湧水の周りだけ取り残されたように森が残っています。昔の人は、この土地は開発してはいけないことをよくわかっていたのだと思います。
ぼくたちは、先人たちの生活の知恵を素直に引き継ぐべきではないでしょうか。

宮澤賢治の童話に「狼森と笊森、盗森(オイノもりとざるもり、ぬすともり)」というのがあるのですが、その冒頭で、森の外れの野原に入植を決めた人たちが、森に向かってここに住んでも良いかを問いかけています。

  「ここへ畑起こしてもいいかあ。」
  「いいぞお。」森が一斉のこたへました。
   みんなは又叫びました。
  「ここに家建ててもいいかあ。」
  「ようし。」森はいっぺんにこたへました。
   みんなはまた声をそろへてたづねました。  
  「ここで火たいてもいいかあ。」
  「いいぞお。」森はいっぺんにこたへました。
   みんなはまた叫ました。
  「すこし木貰ってもいいかあ。」
  「ようし。」森は一斉にこたへました。

     〜宮澤賢治全集8〜より抜粋

12月議会で町長は科学的に検証することの大切さの答弁をしました。
科学が発達して自然のことをなんでもわかったつもりでいるけれど、それは大きなおごりであって、ぼくたちはもっと自然に対して謙虚であるべきではないでしょうか。もっともっと「森に問いかける」べきではないかと思います。

哲学者内山節氏によると、ちょっと昔まではキツネにだまされたということが、ごく当たり前に日常のなかにあったそうです。しかし、1965年を境に人はキツネにだまされなくなったそうです。文明の発展とともに自然の捉え方が変わってきたということですが、その著書のなかで印象的な文章があったので抜粋しておきます。

現代の私たちは、知性によってとらえられたものを絶対視して生きている。その結果、知性を介するととらえられなくなってしまうものを、つかむことが苦手になった。人間がキツネにだまされた物語が生まれなくなっていくという変化も、このことの中で生じていたのである。

                    〜日本人はなぜキツネにだまされなくなったか

去年、環境NGOの人たちとの懇談があったのですが、彼らは自然を「知性」によってしか考えられないように感じました。彼らはとても頭の良い人たちです。自然エネルギーに関わっているベンチャーの人も頭の良い人たちです。
でも自然については、内山節さんがいう「知性を介するととらえられなくなってしまうもの」の部分がとても大切に思えてなりません。

「狼森と笊森、盗森」は、森に問いかける謙虚さはあるのですが、入植した後、収穫について喜ぶばかりで森への感謝を忘れてしまします。その都度、奇妙な事件が起こり「森が自分たちを滅ぼす可能性」があることに気づき、自然に対する畏怖を思い出しては贈り物をしたりするのです。宮澤賢治は、ぼくたち人間は自然に対する畏怖の念を、ついつい忘れがちになりやすいと警鐘を鳴らしているのではないでしょうか。

3.11の震災に対し、科学は無力でした。
その後も、御嶽山の噴火、熊本の地震、様々な自然災害がありました。
科学が発達したとしても、自然の威力は強大で、ぼくたちは常に自然に対して畏敬の念を持つべきではないでしょうか。
森を開発してまでのものを、自然エネルギーとは言って欲しくありません。

いま、「森に問いかける」謙虚さが、僕たちには必要だと思います。

環境NGOとの意見交換会

日曜日, 11月 13th, 2016

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諏訪の四賀ソーラー、富士見の境メガソーラーの問題に関わっている市民団体でつくる太陽光発電問題連絡会と、環境NGOとの懇談会を行いました。
自然エネルギーの急激な普及に伴う、環境破壊、地域の住環境への影響などを知ってもらうためです。

参加した環境NGO
 ・ISEP環境エネルギー政策所
 ・気候ネットワーク
 ・WWFジャパン
 ・太陽光発電所ネットワーク
 ・市民電力連絡会
 ・市民電力連絡会・大磯エネシフト
 ・市民電力連絡会・エコメッセ
 ・FoE ジャパン
 ・グリーンピースジャパン
 ・たあくらたあ

以上、10団体、28名の参加です。

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まずは、四賀ソーラーの建設予定地の視察です。
調整池は、沢に13メートルの盛り土をしてつくります。図面や数字だけではなかなか想像できません。現場をみると、その計画の無謀さがわかります。
潰されてしまう沢や、県のレッドデータブックにのっている湿原などを見てもらったのですが、これまで環境保護に関わってきた団体ですので、この事業が、いかに自然環境に影響を与えるかは理解してもらえたと思います。

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意見交換の場では、自然環境に多大な影響を及ぼす事業は行うべきではない、地域、企業、行政で話し合いの場「協議会」のようなものを作るべき。などいろいろな意見が出ました。

2012年、FIT法が施行されてからの太陽光発電の急激な普及は、一見、エコでサステナブルな社会へと転換しているようにも見えてしまします。しかし、地方での実態は、森林は破壊され、災害の誘発と、地下水の枯渇をも招きかねない太陽光発電が多く計画されています。
景観の問題もしかりです。
都会にいると見えない現実を知ってもらいたくて、今回の企画を設定しました。

環境問題の基本は、森を守り海を汚さないことではないでしょうか。
海の水が蒸発し、雲が山に運び雨が降らせ、その恵が里を通り海へ流れていく。
僕たちは、その循環の中で生きています。

エネルギーの問題は大事な問題です。
Co2やピークオイルのことを考えると再生可能エネルギーの普及は必然です。
しかし、まずは森を守ること。
その基本に立って、自然環境のことを考えていかなければいけないと思います。

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*11月11日信濃毎日新聞より

リニアは理にあわない

水曜日, 11月 2nd, 2016

リニアの長野工区が着工しました。
あまりの急展開に戸惑いと憤りを感じています。

着工されたのはリニア新幹線南アルプストンネル(長野工区8.4km)で、この南アルプストンネルは、長さ25kmで土の厚みは国内最大の1.4kmにも及ぶため、世紀の難関工事と言われています。
これだけの工事ですから、当然、多大な自然環境への影響が考えられます。大きく分けると、水資源への問題、動植物への問題、そして掘削した残土の問題です。

日本自然保護協会は1日、南アルプスを「日本の生物多様性を支え、後世に引き継ぐべき財産」と指摘し、着工を批判しました。(11.2信濃毎日新聞より)
静岡、山梨、長野の3県は、”南アルプスを世界遺産へ”という運動を展開しています。そこへ大きな穴をあけるわけですから、行政側はしっかり意見を言っていかなければいけないはずです。JRに追従しているような状況は矛盾を感じます。

掘削した残土の問題は、地域住民の住環境を一変させてしまします。大鹿村では残土を積んだトラックが、1日最大1350〜1700台も生活道路を通過します。大鹿村は、人口1000人の、自然豊かな小さな村です。そんな小さな農村の保育園や役場の前を毎日トラックが行き交うわけですから、住んでる人のことを思うといたたまれなくなります。

先週、大鹿村議会は賛成4、反対3で、工事開始に同意をしました。
新聞報道では、「いまさら反対しても止まらない」との意見で賛成した議員がいたようです。まったく住民の意見を無視した結果といえそうです。
住民の反対が多く、議会でも僅差だったことを考えると、議会が同意したからすぐ着工ではなく、JRはもっと住民との対話の場を持つべくだと思います。

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リニアのことは、一企業が行う事業であることから、長野県でも南信地域でしか関心がみられません。しかし、一企業であっても、これだけのプロジェクトが失敗すれば国の支出は免れないことは、多くの識者が指摘しています。また、工事に対する県から多大な支出を考えると、県民全体で考えていく必要があると思います。

そこで、ぼくたちは松本でリニアの勉強会を開催することにしました。
リニア訴訟原告団の代表の川村先生に来ていただき、現状報告をしていただきます。
ぜひ、多くの人に参加していただきたいと思います。

*チラシの文面は、大鹿村議会の同意前に作成したものです。

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ふれあいフェスタ・2016秋

月曜日, 10月 31st, 2016

今週末は、自然エネルギー信州ネットSUWAで、ふれあいフェスタ・2016秋を開催します。

体験しながら、自然エネルギーを学べるイベントです。
今回はとくに役割もないので、たぶんペレットストーブの前で1日まったりしています。
(ぼくは、5日のみ参加です)

ぜひ、遊びに来てください。

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オオカミ復活!

日曜日, 3月 6th, 2016

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先日、「オオカミがいる自然、その魅力」と題した講演に行ってきました。
講師のスティーブ・ブラウンさんは、オオカミが復活したイエローストーン国立公園のガイドを長く務めていた人です。
イエローストーンはアメリカのロッキー山脈の中にあり、1926年にオオカミは絶滅。20年前にオオカミの再導入を行い、現在100頭弱のオオカミが生息しています。
オオカミが戻ってきたことで、多様な生態系が戻り自然環境が豊かになったそうです。

まず、オオカミが絶滅したことで増え続けていたエルク(ヘラジカ)が激減しました。エルクが減ったことで草木が豊かになりました。木が増加したことでビーバーが増えてきました。ビーバーがつくるダムのおかげで、治水にも役立ち、池や沼ができ、魚や両生類など小動物が増えたそうです。

また、オオカミの復活でコヨーテが減り、キツネやアナグマなどの増加にもつながりました。
オオカミは頂点捕食者ですが、その頂点捕食者がいることで多くの命が救われたと言えるのかもしれません。
本来の自然のサイクルとはこういったことなのでしょう。

長野県のシカの数は10万〜30万とも言われており、八ヶ岳は県内で一番多く、その半分ぐらいが八ヶ岳にいると県は見ているようです。シカの農作物の被害は深刻で、そのことが原因で畑を辞めてしまう人もいるぐらい。
山では木の皮を食べてしまうことで、木は枯れてしまい防災上の問題もあります。また、アツモリソウやニッコウキッスゲなどを守るため、山の中はネットだらけです。
県全体で年に3万5000頭捕獲しても全体の数は、なかなか減らない状況のため、毎年4万頭の捕獲をしなければ全体数は減少していかないそうです。

オオカミを導入することで、良いことだらけのような気がしますが、やはり、気になるのは人間社会への被害です。

家畜への被害は、自然保護団体によるオオカミ補償基金で賄われているそうです。被害にあった場合、市場価格を補償しています。
そして人間の被害は、北米での110年間で26件あったそうですが、うち25件は人間がオオカミに手で餌をあげようとして被害にあったもので、野生動物との接し方を知らないことから起きた被害と言えます。
もう一件は、ジョキング途中にたまたまオオカミの群れと遭遇してしまった女性です。基本、オオカミは人間が嫌いなので、人間の前に出てくることはあまりなく、この女性の被害も走っていたことでシカと間違えてしまったのではないかとスティーブンさんは言います。

110年間にったた一件の被害だけ。
だからといって大丈夫とは、なかなか考えることはできません。このイエローストーンの成功例を参考にヨーロッパの各国などで導入の検討をし始めているようですが、進んでいないのが現状のようです。まだまだ検証しなければいけないことは多いような気がします。

これまで問題を排除することで文明社会を築き上げてきました。
しかし、今の社会は排除することでの弊害が多く露出してきたようにも思います。
人間中心ではなく自然環境を優先に考えることで、持続可能な社会に近づくにのではないか。イエローストーンの事例は、そんなことを僕たちに教えてくれているのだと思いました。