Archive for the ‘ワタクシゴト’ Category

介護職員初任者研修

日曜日, 11月 1st, 2015

IMG_0956

介護職員初任者研修を終了しました。
介護職員初任者研修というのは、平成25年の介護資格制度の変更により始まったもので、旧ヘルパー2級にあたります。

介護資格制度のことに関心がある方は、こちら  日本ホームヘルパー協会

8月中旬からやく2ヶ月半で130時間。
夜勤のアルバイトしながら、安保はんたいしたり、メガソーラーはんたいしたりなので、こなすの結構大変でした。

カリキュラムは、介護の基本から老化、認知症、障害と幅広いのですが、根底にある思想は利用者(高齢者)の尊厳と自立というのが印象的でした。

日本の社会福祉は明治7年の恤救規則(じゅっきょうきそく)に始まり、国が救済を行うのは慈恵的に行うというものでした。
その後、井上友一氏の「風化行政」思想が、戦前の福祉の考え方に大きな影響を与えました。
自分のことは自分で。救済よりも貧困防止。そして教化が大事だとの考えから、二宮尊徳を模範とし、勤勉、倹約、貯蓄を推奨。この思想の結果、福祉サービスを受ける人は恥ずかしいというイメージを定着。障害を持っている人への差別や偏見、社会福祉サービスの水準の低劣化を招きました。
最近の自己責任という言葉の使われかたや生活保護に対するバッシングなんかは、この思想を引きずっているのではと考えてしまいます。

戦後はGHQの指導のもと、憲法25条の生存権や13条の幸福追求権の考えのもと福祉行政が始まりましたが、国の制度として、福祉サービスに必要性がある認定した人のみに、福祉サービスを利用するという措置制度が軸となっていました。社会福祉事業法には福祉サービスを受ける人のことを「措置するもの」と書かれており、「困っている人に施しを行ってやっている」的な、なんとなく戦前の思想を受け継いだ雰囲気を残すものでした。

このような考えが変わったのは1990年の法改正で、ノーマライゼーションの考えから「措置するもの」から「福祉サービスをうけるもの」へ、福祉国家の考えから地域福祉の考えかたに変わり、それがより明確になったのは2000年の社会福祉法の改正です。高齢者や障がい者の尊厳や自立、ノーマライゼーションやインクルージョンなどの考えが浸透してきたのは、実はごく最近のことといえます。

初任者研修の講義は、この考えが色濃く出ており、なんでもやってあげるのではなく、自分でできることはなるべくやってもらうこと。自分で選択し決定すること。そのことが結果的に介護度の進行を遅らせ、高齢者や障がい者の方の尊厳・自立を守ることにもなります。また、地域福祉の概念などを肌に感じることもでき、介護の職に就かない人も、この講義をうけることは非常にためになると思います。
ぜひ、おすすめ。

さて、ぼくは介護職に就くために初任者研修を受けていたのではありません。
高齢者福祉の関わるNPOを立ち上げるので、高齢者福祉に関する勉強のため参加しました。

介護保険制度は改正され、要支援1,2の予防給付が保険制度から外れて地域支援事業に移りました。これは身体介護にまでには至らない、掃除や洗濯、家事支援などの部分のことで、これからは保険制度ではなく自治体の責任として行われます。
そして、今まで使われていたお金がそのまま使えれば良いのですが、大幅に削減されることになります。これは市民のボランティアの参加を前提とした法改正で、このボランティアを組織して高齢者の生活支援を担うNPOを準備しています。

このことはぼちぼちお知らせしていきますが、お手伝いしてくれる人大歓迎です。
よろしくお願いします。

市民力を高める必要

月曜日, 5月 18th, 2015

一週間ほど前のことですが、ぼくの4年間の議員のお疲れさん会を開催してくれました。

子育て世代のお母さんや若い仲間たちが、子連れでたくさんの人たちが参加。選挙期間中はこうした現役世代の方たちが、忙しい合間を縫って手伝ってくれました。強固な「組織」はなかったものの、こうした人たちが支持してくてたことで、ぼくはこの人たちの代表だという認識も持てましたし、そのことで4年間ぶれずに議会で発言できたました。
本当に感謝しています。

いまの政治離れは、自分たちの「代表」が政治に関わっていないことにあると思います。

社会学者の小熊英二氏は著書「社会を変えるには」の中で、こんなことを言っています。

「代議制の自由民主主義というのは、人々が「自由」になる度合いが低くて、地域共同体や理念、あるいは身分といった「われわれ」意識があるときしか成立しない」

これだけ多様した社会で「われわれ」の「代表」を選ぶということは難しい。
今は集落ごとの組織固めをしていく選挙が主流ですが、今の課題は集落ごとよりも世代ごとの方が大きいような気もするし、集落ごとの代表だと、なぜか政治的なスタンスが似たような人が多くなる傾向にあると思います。

これでは、社会が変わるようには思えません。
市民がもっと政治に関わって、意見を言っていく仕組みが必要だと思います。

議会の存在の根拠は地方自治法第89条の「普通公共団体に議会を置く」です。
しかし第94条で「町村は、条例で、第89条の規定にかかわらず、議会を置かず、選挙権を有する者の総会を設けることができる」ともあります。議会がダメなら、自分たちで町村総会を開いて決めることができるという可能性を残しているわけで、実際に議会がいらないとは思いませんが、この条文の存在は非常に意味があることだと思います。

政治がダメとか、議会がダメと諦めるのではなく、自治の考え方の根本を問い直すときに来ているのではないでしょうか。
低成長時代になり、ムラの名士のお言葉で物事が動く時代は終わりました。市民がもっと政治の関心をもち「市民力」をつけることが重要です。

この日集まった人たちから、これからはもっと町政にも関心を持っていきたいとの意見が多く、月に一回は集まることになりました。
これまでも後援会として月一の意見交換会を行ってきましたが、後援会ということではなく、もっと広く子育てのことや福祉のこと、環境のことやまちづくりのこと、町政のことや国政のことなんかを話す場を設けることになりました。4年間の経験とスキルは、今後の市民派の流れを維持するために役に立てばと思います。

日程等、このブログでも告知しますので多くの参加お待ちしております。

そんなわけで、このブログもFBページも、もうしばらく続けることにしました。
これからもよろしくお願いします。

これからもがんばっていきます。

金曜日, 5月 1st, 2015

役場で感謝状をいただき、昨日までの議員生活に終止符を打ちました。
4年間、支えていただきありがとうございました。

これからは市民活動をベースに活動をしていきます。
これまで議員は空いた時間は公的な活動をすべきとの考えで、たくさんの市民活動に関わってきましたが、収入を得るための仕事もしなければいけないのので、少し精査していきます。
たぶん、協働の推進と子ども支援は活動の中心になっていくと思います。

また、選挙に関わってくれた若い人たちが、今回のことでおまかせではなく、もっと政治にも関わっていこうという機運が生まれてきました。今後も勉強会などを通して”市民派”の火を消さないようにしていきたいとも思っています。

選挙が終わったあと、多くの方からあたたかい電話やメッセージをいただきました。
しがらみや責任感ではなく、自分のやりたいことをやったほうが良いとのアドバイスももらいました。
いままで”こんな世の中になればいい”と思って活動してきましたので、”やりたいこと”といわれてもピーンとこなかったのですが、いろいろ考えていたらホールデンの言葉が思い浮かんできました。

「僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしてるとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない。誰もって大人はだよ。僕のほかにはね。で、僕は危ない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ。つまり、子供たちは走ってるときにはどこを通ってるかなんて見やしないだろう。そんなときに僕は、どっからか、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやっていればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げていることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げていることは知ってるけどさ」

                 「ライ麦畑でつかまえて」 〜J.D.サリンジャー〜

先日、友人が門出のお祝いとして高いスパークリングワインを開けてくれました。
たくさんの人のの応援やメッセージのおかげで、また前に向かって進むことができます。
ありがとうございます。

まだまだ、これからです。

落選しました。

月曜日, 4月 27th, 2015

開票結果はダントツの最下位でした。
応援していただいたみなさま、ぼくの力不足です。
申し訳ございません。

これまでの4年間の議会は、ある意味 小林一彦 vs 佐久祐司 だったと思います。
小林一彦氏を2期目の町長に選んだのも民意ですし、佐久祐司を落としたのも民意です。
この事実は素直に受け入れたいと思います。

ただし、これまでの4年間の議員として、言いたいことを言ってきましたし、議会のない空いた時間に行ってきた市民活動は、間違っていたとは思いません。
ぼく自身は正しいことをしてきたと自負していますので、悔いのない活動ができたと思っています。

今回の開票結果を見ると町長派が多数を占め、今後5対5に分かれることは無いでしょう。これからは町民のみなさんの議会や行政への監視が益々必要になってくると思います。

希望もあります。
今回の選挙で若い人たちが町政について関心を持ち始めたことです。ぼく自身はもともと政治家に向いていませんので、今後は彼らの指導に当たっていきたいと思います。

しばらくはお休み。この先の生き方を模索していきます。
いままで応援していただいた方に感謝です。
ありがとうございました。

富士見サステナ会議の会報

月曜日, 4月 20th, 2015

富士見サステナ会議の会報です。

そと側
omote
*プチっとやると大きくなります。

うち側
ura
*プチっとやると大きくなります。