Archive for the ‘教育のこと・子どものこと’ Category

こども食堂「気まぐれ八百屋だんだん」

月曜日, 1月 16th, 2017

15日、認定NPO法人長野県みらい基金主催で「こども応援会議in佐久」が開催されました。基調講演のこども食堂「気まぐれ八百屋だんだん」の店主近藤博子さんのお話がとても良かったので紹介したいと思います。

気まぐれ八百屋だんだんは、今はやりの子ども食堂のパイオニア的な存在です。

2008年東京大田区に元居酒屋の店舗を使って八百屋を開業。週末だけ野菜を届けるという形態でスタートしました。名前の「だんだん」は、近藤さんの生まれ故郷の出雲の方言で、「ありがとう」の意味だそうです。

元居酒屋だったということもあり、店舗の中には畳のスペースがありました。買い物に来る人は畳に座って話をするようになり、だんだんと買い物に来るというよりは話に来るとが多くなってきました。その時、近藤さんは地域には以外と一人暮らしの高齢者が多いことに気づいたそうです。
高齢者の溜まり場となったところに、有機野菜を買いに来たお母さんが加わり、だんだんとその場が料理についての情報交換の場、子育て談義の場、地域の人の交流の場になっていきました。

そんな状況の中で、近藤さんの娘さんが高校の数学に躓き元塾講師に相談したら、夏休みのあいだ、500円で畳のスペースを使って勉強を見てくれることになりました。自分の娘だけではもったいないと、近所の子どもたちにも声をかけ、6,7人が参加するようになりました。
テキストを使うのではなく、自分の宿題の中でわからないところを見てもらえる個別指導で、できない子にはできない子に合わせた指導をしてくれるので、こどもたちに人気が出て、夏休みが終っても続けて欲しいという声が集まり、「ワンコイン寺子屋」を始めました。

当時の学童は3年生まで、4年生以上にも居場所が必要だということで、畳の場を無料で開放し宿題をできる場を提供する「みちくさ寺子屋」も開設。特に勉強は教えずに、自分たちで勉強をする方法をとったそうです。
近藤さんは、教えることはできないけれど、自分のとこの野菜を使いおやつを出すようになりました。これが、近藤さんとこどもたちとのつき合いの始まりです。

学習支援をはじめてしばらく経った2010年ごろ、小学校の校長先生から相談を受けました。親が精神的な病気があり、給食以外のご飯が食べられない子どもがいる。家庭では食事の提供が難しくバナナ一本という場合がある。

この話を聞いて、食の問題については学校ではなく地域で対応したいとの思いから、仲間と相談して「こども食堂」を立ち上げました。こども食堂の立ち上げは、たまり場になることで地域の課題が見えてきて、一つ一つの課題を解決することでの結果といえます。
子ども食堂の意味は子どもがひとりでも入っても大丈夫な食堂。子どものための食堂という意味ではありません。子ども一人で食堂に入ることはなかなか難しく、子ども一人でもきても良いんだよということのようです。
  
毎週木曜日開催。こども100円、大人500円。
お皿洗いは大変なためワンプレートで提供しているそうです。

近藤さんがこのような活動をするのは、子どもの頃の経験が影響あるのではないかと言います。
幼い頃、身近に障害者がいたため、多様な存在を認め合う中で過ごしました。また、早くに母親を亡くしたのですが、周りの人が程好い距離感で見守ってくれたことが、良い経験になったと思うと話されていました。
子どもの頃の地域とのつながりが、大人になってからのコミュニケーション能力にも影響してくるため、子どもを学校と家庭以外の受け入れる地域の場が必要。こどもの笑顔が真ん中にあることが、地域が豊かになること。市民が横で繋がることで、地域を豊かになることを強調されました。

長野県みらい基金では、子どもたちの居場所をつくるための地域での話し合いの場、プラットフォームを構築する事業を県から委託され進めています。
ぼくも、この事業をちょっとお手伝いしているのですが、各地域には、子どもたちのために活動している人たちがたくさん居ることがわかりました。一つ一つの団体は小さく様々な課題を抱えていますが、こうした人たちが集まることでスキルやアイディアを共有し、課題の解決につながればと思います。

前回書いた高齢者の総合事業も地域の人たちのつながりが重要なポイントになります。
どれも根っこは一緒。
人とのつながりを再構築し、まちづくりをしていくことが喫緊の課題だと思います。

子どもの権利条約フォーラムin関西

火曜日, 12月 13th, 2016

子どもの権利条約フォーラムin関西へ行ってきました。
子どもの権利条約は89年に国連で採択され、日本は94年に批准。子どもの権利条約フォーラムは、93年から権利条約の普及・啓発のために毎年開催しています。

オープニングは、中・高生によるリレートーク。「早く大人になりたいか」という質問に、壇上に上がった7人の子どもたちが、それぞれ答えていきました。
「専門の職業につきたい」「社会に役に立ちたい」など、意外なことに!?大人になることについて肯定的な意見が続きました。そんなに大人の世界ってよく見えるのかなあなどと思っていると、いつのまにか”いつから大人になるのか”へと変わっていきました。

経済的に自立している。仕事を持っている。いろいろな意見が出ましたが、では、大学生は大人なのか?
なかなか大人の定義を決めることは難しそうです。

長田弘さんの「あのときかもしれない」という詩があります。

確かにきみは、気がついたらおとなになっていた。ということは、気がついてみたらきみはもう子どもではなくなっていた、ということだ。
それじゃ、いったいいつ、きみは子どもじゃなくなっていたのだろう。

長田さんはこの問いに、自分のことをぜんぶ決めなくちゃならないとき。遠くへ行ってはいけないよ、と言われなくなったとき。「なぜ」という言葉を口にしなくなったとき。さまざまな「あのとき」を思い出しながら考えていきます。

やっぱり大人と子どもの境目は明確ではなく、少しずつ子どもから大人になっていくのではないでしょうか。
「経済的に自立したとき」なんて定義にしてしまったら、何かの事情で失業したらダメな大人になってしまいます。はっきり定義なんかしないほうが良いようです。

大人になったときは「あのときかもしれない」と考えるときが大人になったときで、忘れかけた子どもの頃の気持ちを思い出す、大事なことのように思います。

子どもたちの中から「子どもから大人へは少しずつ変わっていくもので、あいまいな状態のぼくたち中・高生が、子どもの気持ちを大人に伝えてあげれればと思う」という発言がありました。なかなか深い意見です。(ちなみに原村の子です。すばらしい)

子どもの権利条約とは、子どもの力を信じ、子どもたちの権利を守り、育ちを見守るというのが基本姿勢。子どもたちの「参加する権利」は4つの柱の一つです。子どもの意見を聞きながら、子どもたちが過ごしやすい社会をつくっていくことが、ぼくたち大人の役割ではないでしょいうか。

来年の子ども権利条約フォーラムは、12月2~3日茅野市で開催します。
大人と子どものパートナーシップを実現し、諏訪地域を子どもの住みやすい街にしたいですね。

チャイルドライン・受け手募集

日曜日, 7月 3rd, 2016

昨日からチャイルドラインの受け手養成講座が始まりました。

チラシはこちら →  2016年 第13期 「受け手」養成講座の開催について

添付した記事にもあるように、いま「受け手」が不足しています。
先日も、受け手が誰もいない日がありましたので、なんとか時間を作って受け手に入ってきました。せっかく子どもたちが電話をしても、受け手不足で繋がらないのはとても残念です。ひとりでも多く、受け手さんが増えてくれればと思います。

子どもたちの電話には深刻な悩みもありますが、その日の出来事だったり、ちょっとした質問やイタヅラもあったりで、いろいろのパターンがあります。イノセントなものを感じることもありますし「したたか」なものを感じることもあります。
電話を受けていると、「子ども」といってもさまざまで、ひとりの人間なんだなと改めて考えさせられます。

いま、子どもの施策を考える場合、「子ども」を一律に捉え話し合われていることが多いように思えます。いじめ防止対策推進法も淫行処罰条例も、記号化された「子ども」を想定してのもので、どれだけ実際の子どもたちの実情に合わせたものか疑問です。そこには「子ども」たちの不在を感じます。
まずは大人たちが子どもたちの声に耳を傾けることが大切だと思います。子どもに対する先入観を捨て、「子どもにとっての最善の利益」とは何かを考えることができるのではないでしょうか。

養成講座は始まりましたが、単発での講義参加もOKです。
ひとりでも多くの人にチャイルドラインを理解してもらい、子どもたちの現状を考えるきっかけになればとお思います。

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*6月14日長野日報
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子どもの権利条約フォーラムin信州・キックオフ

日曜日, 6月 26th, 2016

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2017年の子どもの権利条約フォーラムは諏訪地域で開催。
きょうはキックオフとして東洋大学社会学部助教の林大介先生をお招きして「子どもの権利条約」について学びました。

子どもの権利条約とは、子どもの最善の利益とは何かという基本的な考えのもと、子どもたちの基本的人権を守り、子どもを一人の人間として尊重し、子どもたちのもともと持っている力を引き出してあげることで、子どもたちの育ちを支えることを基本理念としています。
1989年の国連総会にて全会一致で採択されました。

子どもの権利条約には4つの主な柱があります。

  1,生きる権利
  2,育つ権利
  3,守られる権利
  4,参加する権利

いじめ、虐待、不登校、貧困、環境、社会参加。
子どもたちの問題、課題は多岐にわたっていますが、縦割りで課題解決が行われている現状。「子どもの権利条約」を横串のように貫くと子どもとどう向き合うかという子ども感が統一され多くの団体が連携できるのではないかと林先生は言います。
いじめ対策防止法や、いま県議会で話し合われている淫行処罰条例も、何か表面的な解決に思えてなりません。子どもたちへの施策はその場その場の対処療法ではなく、子どもの権利を根底に考える必要があるでしょう。

日本は1994年、158番めに批准、先進国ではかなり遅い方での参加です。
非自民である細川内閣での批准でした。

日本では、権利と利己主義を混同している人が多く、「権利」とか「人権」などという言葉を聞くと拒否反応をしてしまう人が多くいます。
子どもに権利なんか渡したら、わがままになって困ると考える人が多くいるわけで、日本の批准が遅れたのもそういった意見が多数あったからだと思われます。人権についての誤ったイメージを直し、正しい知識を持つ人が多くなるようにしなければいけません。

今後、来年に行われる「子どもの権利条約フォーラムin信州」に向け、子どもの権利条約について考える場を提供しながら盛り上げていく予定です。
8月にはプレ・フォーラムを開催予定。
多くの人に参加してもらい、みなさんと一緒に子どもの最善の利益とは何か考えていきたいと思います。

熱く語り合おう高校生〜18歳選挙権を得て

土曜日, 4月 23rd, 2016

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諏訪文化センターで「熱く語り合おう高校生〜18歳選挙権を得て〜」が開催。高校生たちが、どんな発言をするのか興味津々だったので参加してきました。

熱く語るというよりは、形式的な質問を大人のコーディネーターがまとめるといった感が強かったのですが、選挙についての催しに高校生が参加するなんて初めてのことなので、まずは主催者に敬意を表したいと思います。
次は高校生主体で、憲法改正の賛否など、自由で熱い議論を望みます。

パネラーの高校生から、今の若い人たちの情報がsnsが中心であることを危惧する発言がありました。するどい指摘です。
実は昨夜、とある会で、今のネットの情報は両極端で中道の意見が少ないとの話題になりました。若い人に限ったことではありませんが、いろいろな情報に触れて自分の意見を持ってもらいたいと思います。

今日のことを、友達に声をかけたけどあまり関心を示さなかったとの本音も聞かれました。
会場を見渡すと、選挙に関心をもったおじさん、おばさんばかり。高校生の姿はあまり見られません。
もう少し関心を持ってもらいたいものです。

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*明るい選挙推進協会HPより

衆議院選挙の世代別投票率のグラフです。
下から20代、30代、40代と続きます。

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*東京新聞より

上の図は社会保障費の負担と給付の世代別格差を表したものです。
早稲田大学の森川教授によると、「現在70歳代の人たちが、生涯において差し引き1500万円くらい得をしている一方で、1980年前後に生まれた人たちは差し引き2500万円ぐらい損をしている。その差は4000万円!」若者は、選挙に行かないせいで、4000万円も損してる!?より。

また、1000兆円を超える国と地方の借金は次の世代への先送り。若い人たちは今の政権にもっと怒っていいと思います。

この若者の政治離れについて、この日第一部で行われた基調講演・信濃毎日新聞論説主幹の丸山氏によると1969年に文部省が「国家・社会としては未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし、むしろ行わないよう要請している」と通達を出したことによるものとの指摘がありました。
この通達以降、学校で政治が語られることはなくなりました。いまでは政治の話題は日本ではタブーとなっています。

その結果、地方議会では、首長を中心とした体制を維持することが仕事だと思っている議員が多数です。困ったことに、そのような考えをもった市民も大半です。
本来、議会の役割は強い権限を持つ行政に対し、市民の人権を守り、市民の意見を反映させることのはずです。
これは政治への免疫力がない上に、人権教育もなされてこなかったために、飼いならされた大人が多くなってしまったためではないでしょうか。政治に対する市民力ということでは、日本は先進国で最低の地位になってしまいました。
今の若者たちには自分で考える力を持ってもらいたいと思います。

吉本隆明氏が「13歳は二度あるか」の中で、それまで自分が興味のあることしか関心を持たなかったが、終戦を機に新聞を読み世の中のことを知ろうと思うようになったことが書かれています。

戦争中ぼくは、世の中の動きをまったくつかんでいなかった。自分の興味があること、自分の生活に直接影響してくることだけを見ていればいいと思っていた。だから、自分とは、関係のないところで社会がひっくり返ると、お手上げになってしまったわけです。
自分にはどうにもならないことで、世の中が180度変わってしまう、そういう経験をすると、大きな衝撃を受けると同時に、生きていること自体が虚しくなってしまいます。

ぼくは今、世の中が18度変わってしまうかもしれない危機にあると思っています。
次の選挙のことは、若い人をはじめ、多くの人が関心をもってもらいたいものです。