Archive for the ‘教育のこと・子どものこと’ Category

「子どもの権利」についての勉強会

土曜日, 7月 8th, 2017

来週の土曜日は「子どもの権利」についての勉強会です。

 日時:7月15日(土)13:0〜16:00
 場所:茅野市文化センター・学習室
 参加費:無料(申し込み不要)
 託児あり(要予約7月10日締め切り)

 おとな講演会「子どもの権利とは」
 講師:子どもの権利条約ネットワーク副代表
    山梨学院大学法科大学院教授
    荒牧重人氏

 こどもワークショップ「ゲームで考える子どもの権利」
          *対象:小学生・中学生・高校生
 講師:子どもの権利条約ネットワーク事務局長
    東洋大学ボランティア支援室ボランティアコーディネーター
    林大介氏

子どもの権利条約フォーラム2017in信州は、今年の12月2・3日に開催です。
このフォーラムを作り上げる実行委員会で、「子どもの権利」についての勉強会を企画しました。

荒牧先生は、松本市子どもの権利に関する条例をつくるときの検討委員会の委員長を務め、長野県の未来を担う子どもの支援に関する条例の制定にも深く関わっています。
また、林先生によるこどもワークは、わかりやすいとの定評があるワークショップです。
よい機会ですので、ぜひ、お子様お誘いの上参加していただければと思います。

去年の法改正で、「子どもの権利条約の精神に則り・・・」と、児童福祉法の理念が示されました。子ども・子育て支援を考える上で、「子どもの権利」は、欠かせないキーワードのなりました。
子どもの支援は、地域の関わりが重要になってきた今、多くの方に知ってもらいたいと思います。

多くの参加お待ちしております。

HPはこちら http://kodomo-forum2017.chu.jp/
FBページはこちら https://www.facebook.com/kodokenshinshu/

教育勅語について

月曜日, 6月 5th, 2017

ますます右傾化する安倍政権ですが、国会で教育勅語を肯定する発言まで飛び出した時は、さすがにぶっ飛びました。心のなかで思っていたとしても普通は発言できません。過去の戦争をも肯定していると思われかねない発言だからです。それが国会で稲村防衛相、下村文科相から相次いで肯定する発言がでたことは驚くべきことで、ここまで右傾化した政権なのかと改めて思い知らされました。

教育勅語に基づいた戦前の道徳教育が、国民を戦争へと駆り立て多大な悲劇を招いた過程に、需要な役割を担ったことは間違いありません。この教育勅語は1948年、衆議院で排除に関する決議、参議院で失効確認に関する決議により、廃止が決まりました、その時、提出者の松岡駒吉氏は以下の発言をしています。

思うに、これらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的國体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ國際信義に対して疑点を残すもととなる。よつて憲法第九十八條の本旨に從い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。(抄)

憲法98条とは、憲法は最高法規であり、この憲法に反する法律、命令、勅動などはすべて効力を有しない旨が書かれています。要するに教育勅語は憲法違反だと言っているわけです。
この発言をうけた当時の文部大臣森戸辰男氏は、このように答弁しています。

昭和二十一年十月八日以後、文部省は次官通牒をもつて、教育勅語を過去の文献として取扱い、かりそめにもそれらを神格化することのないように、注意を喚起いたしたのであります。(抄)

森戸大臣は、将来濫用される危険に触れていますが、その懸念は現在の政治問題となっています。
一般の方でも「教育勅語はよいところもある」と語る人がいますが、そこにいくら真実が含まれていても、そのような見方はあまりにも浅薄であり、ことの本質を見誤っていると言えるのではないでしょうか。

教育勅語の内容で何がいけないかというと、それは戦前の道徳教育の基本となっている「愛国心」です。
国を愛することは、けっして悪いことではありません。ここでいう愛国心は、国家に反抗せず、国家を愛し、国家が定めた方針に国民が一体となって付き従うように植え付けるための道徳教育が、通底としてあることが問題なのです。
帰属集団への愛着に根ざし、政府批判も辞さない郷土を愛する心ではなく、君主制の政治システムを維持するためのものであったことは、多くの人が指摘しています。

また、「真正ノ男子ニアリテハ、国家ノ為メニ死スルヨリ愉快なることナカルベキカナ(”一旦緩急アレハ義勇公に奉シ”の解説)」といった教えは、根底に反利己主義の思想があり、ここでいう反利己主義は、利己主義対利他主義ではなく、利己主義対国家主義と言えるものだと思います。

この反利己主義というものにも疑問を感じます。
いま、無縁社会が進み、多くの人が孤独死に至ることが問題となっています。その背景にあるものは「迷惑をかけたくない」という気持ちです。「生きたい」とか「助けてほしい」といった訴えも「迷惑」や「わがまま」に捉えてしまう社会が、無縁社会をつくっているのだと思います。

経済の世界をはじめとし、利己主義が広がっている世の中で、自分のことを認めることを正当に評価されないなか、「反利己主義のおもいやり」が善としている現状に、生きづらさを感じている人は多くないでしょうか。

道徳教育のうさんくささは以前にも書かせていただきました。
               →「子どもの育ちを支えるるしくみについての一般質問

森友学園で、こどもたちが教育勅語を朗唱する姿は、おぞましいものがありました。
国務大臣が、国会で教育勅語を肯定する状況は以上です。
国会はもう一度、教育勅語を排除する決議をするべきだと思います。

 

子どもの権利条約フォーラム2017in信州

火曜日, 4月 25th, 2017

子どもの権利条約フォーラム2017in信州。
12月の開催に向けスタートしました。

子どもの権利条約フォーラムは、国連の子どもの権利条約を日本が批准したことを受け、1993年より毎年各地で開催されています。去年は関西(大阪)、その前は石巻、そして今年は長野県の茅野市で開催されます。

子どもの権利条約とは、第3条の子どもの最善の利益を考えることは地域の役割であるという本旨のもと、子どもを一人の人格者として権利を守っていかなければならないというもので、大きく分けて、①生きる権利②守られる権利③育つ権利④参加する権利の4つが柱となっています。
参加する権利とは、大人たちが勝手に決めるのではなく、子どもの意見も取り入れたまちづくりをしていこうよ。というもので、「大人と子どものパートナーシップ」、今はやりの言葉です。

「最善の利益」というのもよくよく考えると難しい。例えば、子どもたちを学校に行かせることは社会的に見ると「最善の利益」ですが、一人一人をみると決してそうではない場合があります。子どもの施策を考える場合、この「最善の利益」とは何かを深く掘り下げ、表面的で画一的ではない方法を選択していく必要があるのではないでしょうか。

この子どもの権利条約。批准されて25年もたつのになかなか普及されていません。
なぜかというと、「子どもに権利なんかを渡すと”わがまま”になる」という考えが普及しているからです。個人の権利を尊重するということは他人の権利も尊重するということですから、決して”わがまま”ということにはなりません。欧米では当たり前の考えですが、日本では権利と”わがまま”が同意語として考えられる傾向があります。もう少し「権利」について、子どもの頃から学習する必要がありますね。

もう一つ、子どもの権利条約は途上国の子どものためにあり、先進国である日本には関係のないという考え。
子どもの権利条約は、ナチス占領下のポーランドで、多くのユダヤ人の子どもが亡くなったことに起因しています。子どもたちとともにホロコーストの犠牲になったコルチャック先生の「子どもの死についての権利」「子どもの今日という日についての権利」「子どものあるがままである権利」という3つの思想を強く受け、子どもの権利条約は国連で採択されました。

これまで、あまり普及に積極的ではなかった政府ですが、去年、児童福祉法が改正され第1条が「全て児童は、児童の権利に関する条約の精神にのつとり、適切に養育されること、その生活を保障されること、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する」となりました。

児童福祉法は、子どもの福祉を考える上での基本原則ですが、その理念として「子どもの権利条約」を掲げたわけです。子どもの貧困がフォーカスを浴び、各地で子ども食堂が開催される中、子どものことを考える場合の指針として、もう一度読み返す必要があるのではないでしょうか。

さて、このフォーラムは春先、実行委員会を立ち上げ、権利条約のことや子ども現状・課題など、みんなで勉強しながら、県内各地の子ども・子育て支援をしている個人やNPO・市民団体とネットワークをつくり、フォーラムをつくり上げていくことを特徴としています。
この日は、42名が実行委員会に登録してくれました。

特に毎回参加していただかなければいけないということはありません。
自分のできる範囲で参加してください。
実行委員会は随時募集しています。
ぜひ、多くの参加お待ちしております。

お問い合わせはこちら kodomonokenri.shinshuu@gmail.com
FBページはこちら   こどもの権利条約フォーラムin信州
           いいね!してくださいね。

子どもの貧困について

土曜日, 2月 25th, 2017

東京都の子どもの貧困をめぐる実態調査で、2割が生活困難層に当たることが報道されました。都による生活困難層とは。

①世帯年収が135万円以下である。
②水道光熱費や家賃の滞納の経験がある。
③経済的な理由で塾に通えなかったり、本やおもちゃが買えなかったりしたことがある。

1つの項目に該当すれば「周辺層」
2つ以上の項目に該当すれば「困窮者」だそうです。

調査を行った首都大学の阿部彩氏は、
「困窮層の子どもは、生活のあらゆる面で不利な状況に置かれていることが浮き彫りになった。貧困の連鎖を防ぐためにも、子どもだけでなく保護者も含めた早期の支援が求められる」
とコメントしています。

ここに来て急に、子どもの貧困問題が表面化されました。しかし、山根良一氏の「子どもに貧困を押しつける国・日本」によると、80年代からすでに貧困率10%を超えていたとのこと。保守政権時代には公表されず、最近民主党政権に変わった時に公表されたそうです。
73年のオイルショック以降、福祉の切り捨て、産業重視の政策をとり続け、格差が広がったのはバブルの頃。高所得者が増え世の中浮かれ気分だったのですが、実際は低所得者も増え格差が広がっていったのはこの頃からのようです。

2000年に来日した社会学者ボードリヤールが、「なぜ、日本が豊かなのかがわかった。それは日本人が貧しいからだ」という印象的な言葉を残しました。ボードリヤールは長時間労働や満員電車、狭くて高い住居など、人々の生活を通してのコメントだったとおもますが、「富める貧者の国」という言葉は、日本という国は、いかに全体が豊かになることを目指して個々の幸せを考えてこなかった国であるかを象徴する言葉のように思います。

さらに驚くべきことに、政策として税金を投入した再配分後の所得の方が、貧困率が上昇するという奇異な現象が長く続いていました。

国保など社会保障費が高いこと、児童手当や児童擁護手当が少ないことが主な原因で、上の図でもわかるように再配分をした後の方が貧困率が上がるなんて国は日本以外にはありません。
最近このことは解消されつつあるようですが、政府はこれまで如何にでたらめなことをやってきたかがわかります。

貧困対策にもっとも効果があるのは現金給付です。
中途半端では効果が上がらず無駄にコストだけがかかってしまいます。これまでの日本の政府がやってきた結果を見れば一目瞭然です。
しかし、日本においては貧困層への給付は厳しい目にさらされることが多い現状があります。世界的に見れば貧困層に対する給付は「当然」と考える人たちが多いのですが、なぜか日本では「自己責任」の名の下に貧困者に対して非常に冷たい。
貧困を放置しておけば、社会的コストは上昇します。もっと手前でしっかりとした対策をとることで社会的コストの上昇も抑えられるのではないでしょうか。
また、現在の貧困は個人の能力や努力だけでは解決できない構造的なものとして捉える必要です。とくに子どもたちに「自己責任」は問えません。平等な機会を与えることが、僕たち社会の責任ではないでしょうか。

こども食堂、フードバンク。学習支援など、政府よりも先に民間が対策に乗りだしました。根本的な解決にはならないかもしれませんが、どん底に落ちる手前で食い止められる可能性や、行政が見落としている困窮者の早期発見など、その効果は大きいと思います。

ぼくが考える貧困対策は
①政府、自治体が根本から解決するための対策をとること。
②地域のつながりによるこども支援・子育て支援の充実。
③子ども・子育て支援の市民団体への行政の支援。
この3つです。

”世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない”

宮沢賢治の農民芸術概論綱要のなかの言葉です。
貧困・格差について、真剣に対策を考えなければならない時代になったと思います。

子どもの居場所について

火曜日, 2月 14th, 2017

子どもの居場所について話し合う会が諏訪市で行われました。

いま、子どもの貧困が問題となっています。
それに対応するように、各地で子ども食堂やフードバンクが立ち上がっています。これまでも6人に一人の子どもは貧困だと言われていましたが、なかなかその実態が掴めませんでした。これだけ多くのNPOや市民団体が、対策に乗り出し始めたということは、子どもの貧困が表面化し、身近に感じるようになったことにあると思います。
これまでは全国民中流意識の中、貧困は表面化しずらいものでしたが、これだけ騒がれるということはかなり深刻な問題と言えると思います。

子ども食堂は貧困対策ではありません。子どもが誰でも来れる食堂をつくることで、貧しい子どもでもご飯が食べることができて、孤食の防止や食育の機能もあります。先日、とある自治体の行政職員が話していたのですが、転校してきた子どもが、学校給食で箸も使わずに手で食べ始めたというのです。一億総活躍時代、子どもを産んだらすぐに仕事に就かなければいけない環境から、家庭での養育環境があまり良くないのかもしれません。もしかしたら一人親家庭かもしれません。どのような境遇なのかまではわかりませんが、子育ての環境は著しく悪化しているのではないでしょうか。

そこで、長野県では地域で子育てを支える居場所づくりとして「信州こどもカフェ」の普及を目指しています。そこに来るとご飯が食べれれて、勉強が教えてもらえたり、相談にのってもらえたり、学用品のリサイクル機能もある、総合的なこどもの居場所です。誰もが来れる総合的な居場所をつくることで、本当の貧困のこどもも来やすくなります。貧困に特化した施設だと、やっぱり来づらいですからね。

認定npo法人長野県みらい基金では、この居場所づくりのための話し合いの場をつくる「官民協働による居場所づくりプラットフォーム構築事業」を受託し、今年度はモデル地区として佐久圏域と諏訪を対象にプラットフォームの構築を目指してきました。

佐久は先行して、佐久こども応援会議がスタートしました。
補正予算のため、ちょっと遅れてますが、諏訪地域でも、今日、子ども・子育て支援をしている団体が集結しました。

子どもの権利条約では、子どもの最善の利益を保証することは社会の責任であると謳われています。
まずは、地域でこども・子育てを見守る体制が必要です。