Archive for the ‘教育のこと・子どものこと’ Category

子どもの権利条約フォーラム2017in信州

火曜日, 4月 25th, 2017

子どもの権利条約フォーラム2017in信州。
12月の開催に向けスタートしました。

子どもの権利条約フォーラムは、国連の子どもの権利条約を日本が批准したことを受け、1993年より毎年各地で開催されています。去年は関西(大阪)、その前は石巻、そして今年は長野県の茅野市で開催されます。

子どもの権利条約とは、第3条の子どもの最善の利益を考えることは地域の役割であるという本旨のもと、子どもを一人の人格者として権利を守っていかなければならないというもので、大きく分けて、①生きる権利②守られる権利③育つ権利④参加する権利の4つが柱となっています。
参加する権利とは、大人たちが勝手に決めるのではなく、子どもの意見も取り入れたまちづくりをしていこうよ。というもので、「大人と子どものパートナーシップ」、今はやりの言葉です。

「最善の利益」というのもよくよく考えると難しい。例えば、子どもたちを学校に行かせることは社会的に見ると「最善の利益」ですが、一人一人をみると決してそうではない場合があります。子どもの施策を考える場合、この「最善の利益」とは何かを深く掘り下げ、表面的で画一的ではない方法を選択していく必要があるのではないでしょうか。

この子どもの権利条約。批准されて25年もたつのになかなか普及されていません。
なぜかというと、「子どもに権利なんかを渡すと”わがまま”になる」という考えが普及しているからです。個人の権利を尊重するということは他人の権利も尊重するということですから、決して”わがまま”ということにはなりません。欧米では当たり前の考えですが、日本では権利と”わがまま”が同意語として考えられる傾向があります。もう少し「権利」について、子どもの頃から学習する必要がありますね。

もう一つ、子どもの権利条約は途上国の子どものためにあり、先進国である日本には関係のないという考え。
子どもの権利条約は、ナチス占領下のポーランドで、多くのユダヤ人の子どもが亡くなったことに起因しています。子どもたちとともにホロコーストの犠牲になったコルチャック先生の「子どもの死についての権利」「子どもの今日という日についての権利」「子どものあるがままである権利」という3つの思想を強く受け、子どもの権利条約は国連で採択されました。

これまで、あまり普及に積極的ではなかった政府ですが、去年、児童福祉法が改正され第1条が「全て児童は、児童の権利に関する条約の精神にのつとり、適切に養育されること、その生活を保障されること、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する」となりました。

児童福祉法は、子どもの福祉を考える上での基本原則ですが、その理念として「子どもの権利条約」を掲げたわけです。子どもの貧困がフォーカスを浴び、各地で子ども食堂が開催される中、子どものことを考える場合の指針として、もう一度読み返す必要があるのではないでしょうか。

さて、このフォーラムは春先、実行委員会を立ち上げ、権利条約のことや子ども現状・課題など、みんなで勉強しながら、県内各地の子ども・子育て支援をしている個人やNPO・市民団体とネットワークをつくり、フォーラムをつくり上げていくことを特徴としています。
この日は、42名が実行委員会に登録してくれました。

特に毎回参加していただかなければいけないということはありません。
自分のできる範囲で参加してください。
実行委員会は随時募集しています。
ぜひ、多くの参加お待ちしております。

お問い合わせはこちら kodomonokenri.shinshuu@gmail.com
FBページはこちら   こどもの権利条約フォーラムin信州
           いいね!してくださいね。

子どもの貧困について

土曜日, 2月 25th, 2017

東京都の子どもの貧困をめぐる実態調査で、2割が生活困難層に当たることが報道されました。都による生活困難層とは。

①世帯年収が135万円以下である。
②水道光熱費や家賃の滞納の経験がある。
③経済的な理由で塾に通えなかったり、本やおもちゃが買えなかったりしたことがある。

1つの項目に該当すれば「周辺層」
2つ以上の項目に該当すれば「困窮者」だそうです。

調査を行った首都大学の阿部彩氏は、
「困窮層の子どもは、生活のあらゆる面で不利な状況に置かれていることが浮き彫りになった。貧困の連鎖を防ぐためにも、子どもだけでなく保護者も含めた早期の支援が求められる」
とコメントしています。

ここに来て急に、子どもの貧困問題が表面化されました。しかし、山根良一氏の「子どもに貧困を押しつける国・日本」によると、80年代からすでに貧困率10%を超えていたとのこと。保守政権時代には公表されず、最近民主党政権に変わった時に公表されたそうです。
73年のオイルショック以降、福祉の切り捨て、産業重視の政策をとり続け、格差が広がったのはバブルの頃。高所得者が増え世の中浮かれ気分だったのですが、実際は低所得者も増え格差が広がっていったのはこの頃からのようです。

2000年に来日した社会学者ボードリヤールが、「なぜ、日本が豊かなのかがわかった。それは日本人が貧しいからだ」という印象的な言葉を残しました。ボードリヤールは長時間労働や満員電車、狭くて高い住居など、人々の生活を通してのコメントだったとおもますが、「富める貧者の国」という言葉は、日本という国は、いかに全体が豊かになることを目指して個々の幸せを考えてこなかった国であるかを象徴する言葉のように思います。

さらに驚くべきことに、政策として税金を投入した再配分後の所得の方が、貧困率が上昇するという奇異な現象が長く続いていました。

国保など社会保障費が高いこと、児童手当や児童擁護手当が少ないことが主な原因で、上の図でもわかるように再配分をした後の方が貧困率が上がるなんて国は日本以外にはありません。
最近このことは解消されつつあるようですが、政府はこれまで如何にでたらめなことをやってきたかがわかります。

貧困対策にもっとも効果があるのは現金給付です。
中途半端では効果が上がらず無駄にコストだけがかかってしまいます。これまでの日本の政府がやってきた結果を見れば一目瞭然です。
しかし、日本においては貧困層への給付は厳しい目にさらされることが多い現状があります。世界的に見れば貧困層に対する給付は「当然」と考える人たちが多いのですが、なぜか日本では「自己責任」の名の下に貧困者に対して非常に冷たい。
貧困を放置しておけば、社会的コストは上昇します。もっと手前でしっかりとした対策をとることで社会的コストの上昇も抑えられるのではないでしょうか。
また、現在の貧困は個人の能力や努力だけでは解決できない構造的なものとして捉える必要です。とくに子どもたちに「自己責任」は問えません。平等な機会を与えることが、僕たち社会の責任ではないでしょうか。

こども食堂、フードバンク。学習支援など、政府よりも先に民間が対策に乗りだしました。根本的な解決にはならないかもしれませんが、どん底に落ちる手前で食い止められる可能性や、行政が見落としている困窮者の早期発見など、その効果は大きいと思います。

ぼくが考える貧困対策は
①政府、自治体が根本から解決するための対策をとること。
②地域のつながりによるこども支援・子育て支援の充実。
③子ども・子育て支援の市民団体への行政の支援。
この3つです。

”世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない”

宮沢賢治の農民芸術概論綱要のなかの言葉です。
貧困・格差について、真剣に対策を考えなければならない時代になったと思います。

子どもの居場所について

火曜日, 2月 14th, 2017

子どもの居場所について話し合う会が諏訪市で行われました。

いま、子どもの貧困が問題となっています。
それに対応するように、各地で子ども食堂やフードバンクが立ち上がっています。これまでも6人に一人の子どもは貧困だと言われていましたが、なかなかその実態が掴めませんでした。これだけ多くのNPOや市民団体が、対策に乗り出し始めたということは、子どもの貧困が表面化し、身近に感じるようになったことにあると思います。
これまでは全国民中流意識の中、貧困は表面化しずらいものでしたが、これだけ騒がれるということはかなり深刻な問題と言えると思います。

子ども食堂は貧困対策ではありません。子どもが誰でも来れる食堂をつくることで、貧しい子どもでもご飯が食べることができて、孤食の防止や食育の機能もあります。先日、とある自治体の行政職員が話していたのですが、転校してきた子どもが、学校給食で箸も使わずに手で食べ始めたというのです。一億総活躍時代、子どもを産んだらすぐに仕事に就かなければいけない環境から、家庭での養育環境があまり良くないのかもしれません。もしかしたら一人親家庭かもしれません。どのような境遇なのかまではわかりませんが、子育ての環境は著しく悪化しているのではないでしょうか。

そこで、長野県では地域で子育てを支える居場所づくりとして「信州こどもカフェ」の普及を目指しています。そこに来るとご飯が食べれれて、勉強が教えてもらえたり、相談にのってもらえたり、学用品のリサイクル機能もある、総合的なこどもの居場所です。誰もが来れる総合的な居場所をつくることで、本当の貧困のこどもも来やすくなります。貧困に特化した施設だと、やっぱり来づらいですからね。

認定npo法人長野県みらい基金では、この居場所づくりのための話し合いの場をつくる「官民協働による居場所づくりプラットフォーム構築事業」を受託し、今年度はモデル地区として佐久圏域と諏訪を対象にプラットフォームの構築を目指してきました。

佐久は先行して、佐久こども応援会議がスタートしました。
補正予算のため、ちょっと遅れてますが、諏訪地域でも、今日、子ども・子育て支援をしている団体が集結しました。

子どもの権利条約では、子どもの最善の利益を保証することは社会の責任であると謳われています。
まずは、地域でこども・子育てを見守る体制が必要です。

こども食堂「気まぐれ八百屋だんだん」

月曜日, 1月 16th, 2017

15日、認定NPO法人長野県みらい基金主催で「こども応援会議in佐久」が開催されました。基調講演のこども食堂「気まぐれ八百屋だんだん」の店主近藤博子さんのお話がとても良かったので紹介したいと思います。

気まぐれ八百屋だんだんは、今はやりの子ども食堂のパイオニア的な存在です。

2008年東京大田区に元居酒屋の店舗を使って八百屋を開業。週末だけ野菜を届けるという形態でスタートしました。名前の「だんだん」は、近藤さんの生まれ故郷の出雲の方言で、「ありがとう」の意味だそうです。

元居酒屋だったということもあり、店舗の中には畳のスペースがありました。買い物に来る人は畳に座って話をするようになり、だんだんと買い物に来るというよりは話に来るとが多くなってきました。その時、近藤さんは地域には以外と一人暮らしの高齢者が多いことに気づいたそうです。
高齢者の溜まり場となったところに、有機野菜を買いに来たお母さんが加わり、だんだんとその場が料理についての情報交換の場、子育て談義の場、地域の人の交流の場になっていきました。

そんな状況の中で、近藤さんの娘さんが高校の数学に躓き元塾講師に相談したら、夏休みのあいだ、500円で畳のスペースを使って勉強を見てくれることになりました。自分の娘だけではもったいないと、近所の子どもたちにも声をかけ、6,7人が参加するようになりました。
テキストを使うのではなく、自分の宿題の中でわからないところを見てもらえる個別指導で、できない子にはできない子に合わせた指導をしてくれるので、こどもたちに人気が出て、夏休みが終っても続けて欲しいという声が集まり、「ワンコイン寺子屋」を始めました。

当時の学童は3年生まで、4年生以上にも居場所が必要だということで、畳の場を無料で開放し宿題をできる場を提供する「みちくさ寺子屋」も開設。特に勉強は教えずに、自分たちで勉強をする方法をとったそうです。
近藤さんは、教えることはできないけれど、自分のとこの野菜を使いおやつを出すようになりました。これが、近藤さんとこどもたちとのつき合いの始まりです。

学習支援をはじめてしばらく経った2010年ごろ、小学校の校長先生から相談を受けました。親が精神的な病気があり、給食以外のご飯が食べられない子どもがいる。家庭では食事の提供が難しくバナナ一本という場合がある。

この話を聞いて、食の問題については学校ではなく地域で対応したいとの思いから、仲間と相談して「こども食堂」を立ち上げました。こども食堂の立ち上げは、たまり場になることで地域の課題が見えてきて、一つ一つの課題を解決することでの結果といえます。
子ども食堂の意味は子どもがひとりでも入っても大丈夫な食堂。子どものための食堂という意味ではありません。子ども一人で食堂に入ることはなかなか難しく、子ども一人でもきても良いんだよということのようです。
  
毎週木曜日開催。こども100円、大人500円。
お皿洗いは大変なためワンプレートで提供しているそうです。

近藤さんがこのような活動をするのは、子どもの頃の経験が影響あるのではないかと言います。
幼い頃、身近に障害者がいたため、多様な存在を認め合う中で過ごしました。また、早くに母親を亡くしたのですが、周りの人が程好い距離感で見守ってくれたことが、良い経験になったと思うと話されていました。
子どもの頃の地域とのつながりが、大人になってからのコミュニケーション能力にも影響してくるため、子どもを学校と家庭以外の受け入れる地域の場が必要。こどもの笑顔が真ん中にあることが、地域が豊かになること。市民が横で繋がることで、地域を豊かになることを強調されました。

長野県みらい基金では、子どもたちの居場所をつくるための地域での話し合いの場、プラットフォームを構築する事業を県から委託され進めています。
ぼくも、この事業をちょっとお手伝いしているのですが、各地域には、子どもたちのために活動している人たちがたくさん居ることがわかりました。一つ一つの団体は小さく様々な課題を抱えていますが、こうした人たちが集まることでスキルやアイディアを共有し、課題の解決につながればと思います。

前回書いた高齢者の総合事業も地域の人たちのつながりが重要なポイントになります。
どれも根っこは一緒。
人とのつながりを再構築し、まちづくりをしていくことが喫緊の課題だと思います。

子どもの権利条約フォーラムin関西

火曜日, 12月 13th, 2016

子どもの権利条約フォーラムin関西へ行ってきました。
子どもの権利条約は89年に国連で採択され、日本は94年に批准。子どもの権利条約フォーラムは、93年から権利条約の普及・啓発のために毎年開催しています。

オープニングは、中・高生によるリレートーク。「早く大人になりたいか」という質問に、壇上に上がった7人の子どもたちが、それぞれ答えていきました。
「専門の職業につきたい」「社会に役に立ちたい」など、意外なことに!?大人になることについて肯定的な意見が続きました。そんなに大人の世界ってよく見えるのかなあなどと思っていると、いつのまにか”いつから大人になるのか”へと変わっていきました。

経済的に自立している。仕事を持っている。いろいろな意見が出ましたが、では、大学生は大人なのか?
なかなか大人の定義を決めることは難しそうです。

長田弘さんの「あのときかもしれない」という詩があります。

確かにきみは、気がついたらおとなになっていた。ということは、気がついてみたらきみはもう子どもではなくなっていた、ということだ。
それじゃ、いったいいつ、きみは子どもじゃなくなっていたのだろう。

長田さんはこの問いに、自分のことをぜんぶ決めなくちゃならないとき。遠くへ行ってはいけないよ、と言われなくなったとき。「なぜ」という言葉を口にしなくなったとき。さまざまな「あのとき」を思い出しながら考えていきます。

やっぱり大人と子どもの境目は明確ではなく、少しずつ子どもから大人になっていくのではないでしょうか。
「経済的に自立したとき」なんて定義にしてしまったら、何かの事情で失業したらダメな大人になってしまいます。はっきり定義なんかしないほうが良いようです。

大人になったときは「あのときかもしれない」と考えるときが大人になったときで、忘れかけた子どもの頃の気持ちを思い出す、大事なことのように思います。

子どもたちの中から「子どもから大人へは少しずつ変わっていくもので、あいまいな状態のぼくたち中・高生が、子どもの気持ちを大人に伝えてあげれればと思う」という発言がありました。なかなか深い意見です。(ちなみに原村の子です。すばらしい)

子どもの権利条約とは、子どもの力を信じ、子どもたちの権利を守り、育ちを見守るというのが基本姿勢。子どもたちの「参加する権利」は4つの柱の一つです。子どもの意見を聞きながら、子どもたちが過ごしやすい社会をつくっていくことが、ぼくたち大人の役割ではないでしょいうか。

来年の子ども権利条約フォーラムは、12月2~3日茅野市で開催します。
大人と子どものパートナーシップを実現し、諏訪地域を子どもの住みやすい街にしたいですね。