長野日報のメガソーラー撤退の記事について

1月22日のレノバ社の撤退表明後の24日に長野日報に記事が出ました。

記事はこちらが読みやすいです → http://www.nagano-np.co.jp/articles/12796

この開発者寄りの記事は、非常に残念に思いまました。
過疎化が進む集落の夢を壊し、太陽光発電の適地にもかかわらず反対した地域住民がイケナイことをことをしたような、そんな記事に読めてしまうのはぼくだけでしょうか。
ちょっと前の話になってしまいましたが、このことはきちんと書いておきたいと思います。

まず、この計画が実施されることで、影響を受ける地域と地権者は違うということを前提として考えなければいけません。いくら若者が減っても、人口が減っても、ほかの集落に土砂災害のリスクが生じるような開発はするべきではないし、ほかの集落の人たちが飲んでいる湧水の近くに開発をすることは、やっぱりやってはいけないことだと思います。
自然エネルギーだから、エコだから、だから太陽光発電なら進めても良いと思ったのでしょうか。エコだろうが、良い施設だろうが、水源近くの開発はダメに決まっています。
かつて、この近辺の土地は3回も開発を止めたところですが、何の教訓にもなっていないようです。このことからも、今の太陽光発電ブームは、かつてのリゾート法や産廃問題と何の違いもないと思ってしまいます。

それからもう一つ、この計画地の地権者である財産区は貧乏ではありません。億単位のお金を所有しています。

財産区というのは市町村合併のとき、旧自治区が管理していた財産を新しい自治体に移さずに、旧自治区がそのまま管理するという行政組織で、自治法上の特別地方公共団体にあたります。山林や沼地、原野などの入会地や温泉、漁業権などがこれにあたります。
富士見町は昭和の大合併で、富士見村、落合村、本郷村、境村が合併して一つになりました。

かつて山林がお金になった頃は「財産」だったわけですが、木材は外材に変わり燃料としても使われなくなり、若者が減って管理も大変になり、今ではお荷物になってしまった山林。たしかに、このことは大きな問題で、しっかり考えていかなければいけません。
だからといって、メガソーラーにして賃貸収入を得ることが、若者支援になるのか、地域が活性化するのかは疑問に思います。財産区のもっているお金を使って森林を整備し、自然エネルギーである森林を残す方が、次世代のためではないでしょうか。
太陽光発電の利点はどこでも発電できることですから、何もそこにある自然エネルギーを潰さなくても他でつくれば良いと思います。

いま、日本の森林の蓄積量は49億㎥(平成27年度森林白書より)に達しました。
ちょっと古いデータ(2006年)ですが、森林大国であるドイツは33,8億㎥、スウェーデン31,5億㎥、フィンランド21,5億㎥。蓄積量だけ見ると圧倒的に日本は充実しています。日本にも資源はたくさんあったわけです。

今の森の問題は植林後にきちんと森を整備してこなかったため、お金になるような木が少ないこと、搬出するのにお金がかかることです。簡単に言うと(簡単なことではないのですが…)間伐をして路網を整備して林業が活性化すれば、森林資源も循環し経済も潤い雇用も生まれます。林業を育てる方が雇用を産まないメガソーラーよりよっぽど夢があるように思います。

原村の緑化創造舎は、道を整備しまだまだ成長しそうな木をなるべく残すという「森を生かす林業」を営んでいます。お酒を飲むと「あと10年もすれば、こんな太い木がいっぱいになるんだ」と、嬉しそうに話してくれます。

*以前、見学してレポートを書きました。 → きこり見学

自然エネルギーを語る場合、自然とどう付き合っていくかという視点が必要だと思います。
自分たちのライフスタイルそのものも見つめ直す必要があるのではないでしょうか。

境メガソーラーは止まりました。
でも、森を生かす方法を考えていかなければ、またこんな計画が持ち上がりそうですし、いずれ日本の山はソーラーパネルだらけになりそうです。
森を生かす仕組みについて真剣に考えていきたいと思います。

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