脱原発福島ツアー

11月のあたまのことです。
脱原発すわ連絡会で、原発事故後3年半たった福島の今を見に行ってきました。

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国道6号線を通ってきました。

国道6号線は帰宅困難地域を通過すり為、今年の10月15日まで通行止になっていました。
いまだに放射線量は高く(新聞報道によると最大値毎時17・3マイクロシーベルト)、この地域に住む人は家に帰ることができません。
各交差点は帰宅困難地区への侵入を防ぐため、バリケードで固め警察官が監視。盗難防止のための各家の入り口のバリケードが異様な光景に感じました。

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車内に置いた線量計は最高毎時5,5マイクロシーベルトを表示、マイクロを運転していたぼくは、なんだか頭が痛くなりました。後ろで乗っていた人も「頭が思い」と訴える人もあり気のせいではないような気がします。
各交差点に立っている警察官は、普通の制服にマスクをしているだけでした。
大丈夫なのでしょうか。

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各地に太陽光パネルが設置されていました。
発電した電気は高圧で送らなければ送電ロスが大きく、発電は負荷(需要)の近くに設置しなければあまり意味がありません。他に用途がない土地の有効利用ということでしょうが、今の太陽光エネルギーが投機の対象になっていることを改めて感しました。
太陽光パネルの脇に、除染したものを詰めた袋が置かれていることが象徴的です。

2日目は地域の人たちとの交流をテーマに、長野から持ってきたお米を仮設住宅に住む人たち、それぞれの家に届けてきました。
なんだか物見遊山な感じで失礼かなと思っていましたが、各家でいろいろな思いを聞くことができました。
”壁が薄いので、隣の音が聞こえる”
”もっと広いところに住みたい”
など、現状のことから被災した日のことなど様々なことです。

最後に訪れた初老の女性ですが、家を失い、家族はバラバラになり、病気になり歩くのにも不自由な思いをしているのにもかかわらず、それでも今の現実を受け入れ前向きに生きようとしている姿に、心が揺さぶられる思いをしました。帰るときにいつまでも玄関先で見送ってくれたことが印象的でした。

仮設住宅に住むの人たちは「人との交流」を求めています。
何か支援がしたい。そんなこと思った人は余計なことは考えずに、まずは現地へ足を運んでみましょう。

海岸線はたくさんのテトラポットが並び、帰宅困難地区以外は復興住宅などの建設が進み、なんとなく復興が進んでいるような印象を受けますが、福島の人に会ってみると復興はまだまだだとわかります。

それなのに、なぜ原発再稼働なんてことがいえるのでしょうか。

竹島、尖閣、千島、日本の領土について熱く語る人たちが、本土にある福島がなくなったことに関して、何も言及していないことにも疑問を感じます。

戦後70年、一回も戦争をしていないのにもかかわらず、領土を失ったと考えることはできないだろうか。

衆議院選が始まりました。
経済のことばかりが争点になっているように思いますが、原発のこと、秘密保護法のこと、集団的自衛権のこと、いま、国のあり方が大きく変わろうとしています。
かならず選挙は行くようにしましょうね。

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