集団的自衛権がなぜ問題なのか

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海外での戦争に道を開く閣議決定白紙撤回=諏訪湖・八ヶ岳地域ぐるみの会(略称・地域ぐるみの会)の結成総会に参加してきました。

諏訪広域で集団的自衛権の閣議決定に反対していこうという動きで呼びかけ人53名、賛同人234名も集まりました。
しかし地方議員で賛同者になっているのは共産党以外ぼくだけ!?(笑)だったのは残念に思います。

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最近いろいろな人と話をしていて集団的自衛権について、あまりよくわかっていないこと、危機意識がない人が多いことに驚きを感じています。

さて、憲法9条で戦争の放棄を謳っているのに、なぜ自衛隊が存在するのでしょうか。

「自衛権」とは国際法上、一般的に「外国からの違法な侵害に対し、自国を防衛するため、緊急の必要がある場合、それを反撃するために武力を行使しうる権利」と定義されています。

「自衛権」を国家の自然権として捉え、独立国である以上、それを憲法で放棄することはできないというのが、これまで自民党が自衛隊を合憲としてきた理由です。

憲法というのは幸福追求権や生存権、表現の自由など人権の保障を定めているもので、海外から武力攻撃を受けたときに憲法9条があるために、無抵抗でも良いのか。
国民の生命や財産が危機に瀕し、人権が侵害されている状態を排除するのは主権国家の責務であり、そのための必要最小限の「自衛権」は憲法9条でいう武力行使に当たらないとして自衛隊を容認してきました。

では集団的自衛権の定義は

「国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。
我が国が国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどめるべきもであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている」

                   1982年5月29日稲葉誠一衆議院議員への答弁

この答弁以降、自民党の回答は一貫してきました。
集団的自衛権とは自国が攻撃されてないのに武力を行使するということで、「必要最小限の範囲」を超えるものであるため違憲である。というのが今日までの自民党の考えです。

これまでの解釈だと集団的自衛権を認めるためには、憲法を変えなければいけません。
そこで憲法を変えるのにはハードルが高いから内閣だけで解釈を変えるというのが、いまの安倍政権のやり方です。

本文がそのままなのに、まるで違う解釈になるわけです。
時代が変わったからとか内閣が変わっただけでコロコロ解釈が変わったんでは、立憲主義とは何なんだということになってしまいます。
もちろん法令の解釈の幅はありますが、戦後何十年もこの解釈で通してきたのですから、国民の間にも合意形成ができていたはずです。それを国民に諮りもせず一部の閣僚だけで勝手に解釈を変えるなんて暴挙としか言いようがありません。

いまの安倍政権がやろうとしていることは、立憲主義の否定であり法治国家としての根幹を揺るがすものです。
集団的自衛権そのものの賛否はあると思いますが、このプロセスについては議会人なら党派を超え全ての人が反対するべきことだと思います。
だからぼくたちは立憲ネットワークなのだ。

第一次世界大戦は集団的自衛権の名の下に拡大していきました。
太平洋戦争は統帥権の独立というシステムの下軍部が独走していきました。

ぼくたちはもう一度、平和について、そのためのシステムについて、過去の事例から学ばなければいけないと思います。。

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