子ども支援条例2月県議会見送り

以前、紹介した長野県子ども支援条例は2月県議会で審議される予定でしたが、今回は見送る事が決まりました。
信毎の記事によると、最大会派の自民党など議会内に反対、不要論があり、可決のめどが立たなかった。とあります。
条文の修正も視野に、県議会との合意形成を図り6月定例会を目指すそうです。

これまで、条例について検討するための「子どもの育ちを支えるしくみを考える委員会」が2年2ヶ月にわたり調査・討論などを経て、去年7月に「最終とりまとめ」を知事に提出。県が骨子案を作成、12月にパブコメ、1月に2回の意見聴取会が開催されました。

1月の松本市、長野市で行われた2回の意見聴取会に参加しましたが、

・子どもの権利について書かれていない。
・前分が無い。

などの意見があり、ぼくも、まずは条例の必要性を訴えたあと

富士見町での中学生の自死は背景に自己肯定感の喪失があった。子どもたちの自己肯定感が高めるために子供感を統一し、社会全体で育ちを支えていくしくみが必要。そのためには「松本市子供の権利に関する条例」のような前文をつくるべき。

との発言をしときました。

12月県議会の一般質問の答弁では条例に前文をつけることは前例が無い。とのコメント。
川崎市をはじめ、全国で子供条例が制定されてきましたが、ほとんどの条例には前文があります。これは自分たちがどのような思いで子どもたちを育てていくか。地域社会はどのように子供の育ちに関わっていくかを示す大事な事のように思います。
前例が無いからってねえ…

この意見聴取会では、物足りないという意見は多いものの、まずは条例をつくってほしいというのがほとんどの人の意見でした。
もちろんぼくもその意見です。

では、なぜ県民参加の意見聴取会で肯定的な意見が多いなか、自民党会派は反対するのでしょうか。

2回の意見聴取会で一人だけ、真っ向から反対を主張した人がいましたが、このかたの意見が保守層の意見を代表していると思われます。

それは「子どもに権利なんか与えたらわがままになる。権利を与えるなら義務も与えるべき。」というものです。

骨子案には、どこのも権利の文言は無いのですが、「子どもの権利条約」を参酌した条例をつくるというスタートが、そもそも気に入らないようです。

ここで権利について少し説明しておきます。

権利というのは2種類あり、たとえば車の運転は資格を得て運転する権利を取得します。この場合権利と同時に安全な運転をするという義務が生じます。
しかし、ここでいう「子どもの権利」とは安全に生きていくための権利であり、憲法25条”すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。”と謳われている生存権のことです。

性別や国籍、障害のこと、様々な境遇の全ての子どもたちが差別やいじめ、虐待や体罰から守られ、命や人格が守られるための権利です。子どもたちが安全に生きていくために義務が必要なのでしょうか。

また自分の権利を守るという事は、他人の権利も尊重するという事です。権利とわがままを混同するなどという事は、権利についての知識があまりにも浅薄。権利についての知識が無い議員なんか今すぐ辞めてもらいたいと思います。

2月議会提出が見送られたことは残念でしょうがありませんが、6月議会で提出との事。
阿部知事も公約に掲げた条例です。協力なリーダーシップを持って進めてほしいと思います。

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