はだしのゲン閲覧制限について思うこと

漫画「はだしのゲン」が松江市の小中学校で読めなくなった問題で、松江市教育委員会は手続きに不備があったとして閲覧制限を撤回したとのことです。

朝日新聞の記事によると去年の8月に「子どもに間違った歴史認識を植え付ける」として要請があり、その後市議会に小中学校からの撤去を求める陳情。
陳情は不採択されたが、事務局幹部5人が全巻読破したところ

”作品中の暴力描写が過激”
”子どもが自由に手に取って読むとトラウマになる”

などの意見が出て閲覧制限に至ったようです。

まず「間違った歴史認識」について新聞各社は歴史認識の正しさを書いていたが、ぼくに言わせれば”そんなものはどうでもよい”のである。

子どもの頃読んだ「太平記」は南朝方がヒーローとして書かれ、足利尊氏はひどい奴だなんて思ったけれど、吉川英治の「私本太平記」は足利尊氏がヒーローだったし、山本周五郎の「樅の木は残った」を読んでそれまでの原田甲斐のイメージは大きく変わった。
龍馬がゆく」はどれだけ司馬遼太郎の創作かなんてことは考えたくもない。
坂本龍馬については多くのことはわかっていないが、事実はどうでも良い。司馬遼太郎が描く龍馬の存在がぼくらに勇気を与えてくれて、行動することで未来に希望が持てるようになるのだ。

書いた人の立ち位置で、ものの見方は変わってくるしフィクションなんだから創作が入るのは当たり前。
フィクションの良さというのは、主人公に感情移入したり、ものがたりを読んでたのしくなったり、悲しくなったり感受性を高めることにあると思う。
その物語を読んで様々な角度から歴史を検証する。そんなきっかけになれば良いではないかと思います。

今と違って昔は図書館にマンガなんて「はだしのゲン」ぐらいしかなかったので、ぼくらの世代は1度は読んだことがあると思うけど、ぼくは「はだしのゲンで」トラウマにならなかったし、友達もなってないと思うし、そんな話は聞いたことも無い。

連載が始まったのは1972年というから40年もの時間をかけて認められてきた作品を、なぜ今、子どもたちに対する影響を心配するのだろうか。
今世の中に出回っている映像やアニメの方がよっぽど影響あるものがありそうだけどね。

子どもの権利条約の第13条は児童の表現・情報の自由が謳われています。

第13条
1、児童は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。

2、1の権利の行使については、一定の制限を課することができる。ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。

a 他の者の権利又は信用の尊重
b 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護

どうも問題を発見すると規制をかけたがる大人が多いようです。
いま子どもたちに(大人もね)必要なのは情報リテラシー。
そこから何を考え、何を学ぶべきかをそっと気づかせてあげるのが大人の役目では無いだろうか。

子どもたちの権利を認め、もっと子どもの力を信じてみてはどうでしょう。

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