入笠湿原

下諏訪、原、富士見の町村議員の勉強会がありました。今年は入笠山で山彦荘を営む伊藤高明さんの案内で入笠湿原の自然観察です。もう花の季節は終ってしまいましたが秋めいた湿原は心地よい風が吹いていました。

伊藤さんが入笠湿原に来たのは昭和40年代、その頃は入笠湿原の名前すらなく、キャンプ場として利用、スズランの群生地はスキー場として草を刈っていました。そのころ近くの大阿原湿原が花盛り、入笠湿原はスゲやカヤが覆い茂り花などない状態で、それを灌木を伐採しクマザサを刈り、大事に花を育ててきました。伊藤さんが中心となって「入笠ボランティア協会」を設立。今では大阿原湿原は花の乏しい地となり、当時とは逆転の状態になりました。
入笠湿原と名前がついたのは昭和52年、平成16年には県の環境保全地区に指定されました。

伊藤さんは湿原の花を守り続けてきて感じたこは、ある程度人の手を入れる必要があるのではないかということだそうです。移植してもともとあるものと競争して根付かせるのは大変なことで、一旦花が絶えるともとに戻すのに20年.30年とかかってしまう。
また下から持ってきたものが根付いてしまった場合、これを絶やすのも相当な苦労がいるといいます。かなり以前に原村から水芭蕉を200株を植えたが全て絶えてしまい、その後努力してなんとか根付かせることができた。しかしこのミズバショウは自然保護区を受けるとき、本来この地にないものなので問題になり、排除しようとして上を刈ったがなかなか減らない。今ではそれなりに人気があるのであきらめているが、一旦植えてしまうと絶やすのも大変となってしまうそうです。

入笠湿原が有名になったのは平成8年の花の百名山に選ばれてから。春のザゼン草から秋のリンドウまで2週間ごと花が入れ替わるぐらい種類は多い。関東から一番近くに日本スズランの群落を見ることができることで人気も定着(ドイツスズランではない)。

どのように花を増やしてきたかというと他から移植したわけではなく、花のまわりの雑草を刈り、競争相手をなくしてあげることで花が増えたそうです。しかしこれをいつまで続けていけば良いのかは疑問を感じていて、放っておけばススキ、灌木が入り黒木の林の戻ってしまう。毎年秋に草を刈る時、コナシやマユミが必ずある。クマザサも刈るから他より弱っているだけで、放置すればすぐ繁茂してしまう。知名度が上がった事は良い事だがこれを維持していくのは大変な事だと言います。もしかしたら自然に手を入れているのではなく、食い止めているだけかもしれない。お話の中から、伊藤さんが自然とは何なのか日々悩みながら湿原を守っている様子が伺えました。

この小さな湿原の中のたくさんの植物、中には学術的にも貴重なものもあります。これだけ多くのクサレダマが群落しているのは珍しい、そしてノハナショウブ、他で咲いてるハナショウブのほとんどは改良種、原種が群生しているのは本州でも稀なようです。

以前にも書きましたが湿原というのは地球の歴史の中では一瞬の出来事でしかありません。この入笠湿原もいずれは陸地化して湿原ではなくなります。この貴重な自然とどのようにつきあっていくか、単なる観光ではなく自分たちの残したい自然として考えていきたいですね。

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